~情念とダンボール箱~■アースダンボールメルマガVOL199■2025年1月号-2
主人には内緒です。
私は今日、主人が大事に保管しているダンボール箱とその中身を捨てます。
私がそのダンボール箱の存在に気付いている事を、恐らく主人は知りません。
もしかしたら私が捨てた事を知れば怒り狂ってしまうかもしれない。
でもやっぱり、このダンボール箱はあっていけないの。
私は今日、積年のこの想いにピリオドを打つ。
その為ならたとえ何が起ころうとも構わない。
その覚悟もできています。
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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私は潮里(しおざと)みさき、38歳。
主人とは15年前に結婚しました。子供はおりません。
私がこのダンボール箱の存在に気付いたのは、
主人と結婚してこの家に来てすぐの事でした。
ある休日、整理がてら押入れの中を出していると、
奥の方からこのダンボール箱が出てきました。
わざと周りを別のもので囲って人目を避けているような、
どこか違和感を感じる仕舞われ方をしたダンボール箱。
"誰にも見られたくない" という念でも籠っていそうなその箱を、
私は恐る恐る手繰り寄せ、中身を見た。
「ああ、やっぱり…」
少し予想していた為か、驚きはさほど大きくはなかった。
ただそれよりも、とてつもなく深い切なさが込み上げてきた。
過去の恋愛において男性はファイル別保存、女性は上書き保存、
という話はよく耳にするけど、
実際、元カノの思い出の品をこうして保管しておく男性は多いのだろう。
ああ、つい感情的になって "元カノ" なんて言い方をしてしまったけど、
正しくは "元婚約者" よね。
私の込み上げる切なさの正体、それは、
元婚約者が私の実の姉だったからに他ならない。
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主人と姉さんは歳が一緒で小さい頃からの幼馴染だった。
いつからという区切りも周りには感じさせない程に自然な流れで、
二人は恋人同士になっていった。
当然、二人の間に私が入る隙間なんてこれっぽっちも無くて、
姉さんより四つも年下の私はいつも主人に子ども扱いされて、
でも大好きな姉さんの幸せの為だと、主人への想いはそっと胸に仕舞い、
二人の幸せを願って、本当に心からそう願って生きて来た。
だから主人が大学卒業の頃に姉さんとの結婚が決まった時も、
私は本当に嬉しかった。
しかも姉さんのお腹には二人の子供が居た事も、
本当に本当に嬉しかったの。
そんな誰が見ても幸せな未来しか想像できない二人だったのに、
その婚約は破談になった。そして誰もがその運命を呪った。
以来、全ての気力を失ってしまい悲しみの淵でもがき苦しむ主人に、
私はただただ寄り添い、元気になって欲しくて側に居続けた。
そして五年もの年月を経て主人もやっと人並の生活を送れるようになり、
いつしか私を妹としてじゃなく一人の女性として見てくれるようになり、
私達は結婚した。
私の叶うはずのなかった主人への想いが叶ったと、思う人も居るかもしれない。
でも私はこの結婚がそんな生易しいものではない事を充分にわかっていた。
わかっていた、はずなのに…
私の切なさは毎年この日を迎える度に、募っていくばかりだった。
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今日この日、
主人はきっと今年もこのダンボール箱を抱きしめながら、
この部屋で一人、ひっそりと涙をこぼすのでしょう。
お前を忘れられないと、自分を責め続けるのでしょう。
私はその涙を拭ってあげる事すらできず、
主人が姉さんへの想いを遂げて扉を開けて出てきてくれるのを、
私は何時間でも、ただひたすら、ずっと一人で待ち続ける。
主人が私の元に帰って来てくれるまで、私はずっと待ち続ける。
でも、こんな切なすぎる想いにはもう耐えられない。
私の気持ちもそう、
主人の気持ちもそう、
このままじゃいけない、このままじゃいけないんだ。
だから私は決めたの。
何年もかかってしまったけど、やっと決心がついたの。
20年前の今日、
主人と姉さんの結婚が決まってからまだ数日しか経ってなかったのに、
あの日、飲酒運転の事故に巻き込まれて亡くなってしまった姉さん、
あの日、何の前触れもなく突然、全ての幸せも希望も奪われた主人、
さよならさえ言えなかった二人の別れの悲しみ、
私が主人を幸せにする事で、二人をその悲しみから解き放ってあげたい。
私はあの時そう決心したの!!
そう決心して主人と結婚したの!!
でもずっとそれが出来なくて、
でも諦めるもんかって思って、
でも毎年この日が辛くって辛くって、
何もかも投げ出してしまいたいって思って、
でもやっぱり諦めたくないって思って、
辛くても苦しくても私は向き合い続けたの。
ねえあなた、
思い出にすがって生きるのも、
思い出に縛られて生きるのも、
どっちも辛いよ、だからさ、
思い出を糧にして生きて行こうよ、
姉さんを忘れようとしなくてもいいからさ、
だって忘れる事なんて出来やしないよ、
むしろいつまでも忘れないであげて欲しいの、
姉さんとの思い出を、あなたの胸の中で糧にして生きて行こうよ。
その為には、あのダンボール箱は邪魔だわ。
あなたを悲しみの淵に引きずり込むようなあの箱は存在してはいけない。
だから姉さん、いいよね、
姉さんならわかってくれるよね、
あの人が前を向いて生きてくれる方が、
姉さんも嬉しいよね、悲しくなくなるよね。
責任は私がとる、もしこれが罪なら、私はその罪を全て背負う。
だから姉さん、
あの人をこの悲しみから解放するのを、一緒に手伝って下さい…
主人には内緒です。
私は今日、主人が大事に保管しているダンボール箱とその中身を捨てます。
FIN
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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あ と が き
お礼とお詫びは、早ければ早い方がいい。
でもそれと同じくらいに大切な事なのに、
サヨナラは、いつまで経っても言えない事もある。
そして言いたくてももう言えないという事を突き付けられた時、
ちゃんとサヨナラすればよかったと後悔する事もある。
おかしな話だ。
人はいつか必ずサヨナラするのにサヨナラが言えないなんて。
それでもやっぱり、言えないものは言えないのだ。
いつまでも一緒に居たい、
決して一人にはなりたくない、
それは、とても強く私達の人生に刻まれていて、
他のどんな想いでかき消しても、決して消える事は無い。
だから言えない。
でもだからこそもし言えるなら、言うべき時には言わなきゃ。
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
1月某日 ライティング兼編集長:メリーゴーランド
