~命は長し恋せよ部長~■アースダンボールメルマガVOL202■2025年3月号
この話がただのありふれたオフィスラブなら、
どれだけ気が楽だろう。
忘れた頃にやってくるのは災(わざわ)いだけじゃない。
例えば恋とか。
ただ忘れた頃にやってくる恋は、
災いとまでは言わないまでも、かなりの悩ましさを伴うもんだ。
が、何にせよ一歩踏み出してみない事には何もわからんがね。
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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私は猪原一平(いのはらいっぺい)57歳。
中堅商社で営業部長を務めるサラリーマン。
今の時代、初入社の会社で定年を迎えるのは珍しいとよく言われる。
が、私はさほど気にならない。この会社が好きだし、それに、
何十年も居続けて初めてその意義が分る場合もあるってもんだ。
なぜそう言えるのかって?
そうだな、あれは30年前、僕が入社した頃に話は遡る。
新社会人でこの会社に入社した私は、研修後に営業2課に配属された。
その時、私の教育係を務めてくれたのが、
清瀬悦子(きよせえつこ)さんという3つ年上の先輩だった。
清瀬さんは私を「一平くん!!」と親しみながら呼んでくれ、
仕事も優しく丁寧に、そして厳しく教えてくれた。
そんな聡明で明るい清瀬さんに恋をしている自分に気づくまで、
さほど時間はかからなかった。
仕事が一人前にできるようになって清瀬さんに告白したい、
そう思って仕事に励んでいたある日、
清瀬さんは私の当時の上司と付き合っている事を知った。
それでもめげずに、清瀬さんの指導の下で私は頑張った。
そして独り立ちしてから2年程、清瀬さんとは同じ課の先輩後輩として働き、
清瀬さんはその上司と結婚、寿退社してしまった。
…という、何もできずに終わった切なくも淡い恋だった。
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清瀬さんの退職と同じタイミングでその上司も他県の部署へ移動になった。
彼からすれば私は彼の恋敵でもなんでもなかったし、
かと言って清瀬さんの幸せを願う私の気持ちに嘘はない。
でも私にとって彼はやっぱり清瀬さんをさらって行った人だ。
だからその上司の顔を見ずにいられたのは私にとっては好都合だったが、
当時はそんな自分を "我ながら小さい奴だ" と思ったもんだ。
やがて私も結婚して子供にも恵まれ、家族の為に仕事を頑張った。
その後、妻とは色々あって離婚はしてしまったが、
会社ではそれなりに出世して今では部長職だ。
ただ清瀬さんの事は度々思い出す事はあった。
だってこの会社の至る所が清瀬さんとの思い出なのだから仕方がない。
忘れる事なんてできないさ。
それでも時間と共に、清瀬さんは"ちゃんとした思い出"になった。
はずだった…
清瀬さんが寿退社してから約30年、まさかこんなことに…
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そんなある朝、
「今日からパートさんとして入社する遠山さんです」
と紹介された一人の女性とふいに目が合った瞬間、
私とその女性、遠山さんが同時に目をパチクリさせた!
「あああ!?」
「えええ!?」
「一平くん!?」
「清瀬さん!?」
遠山さんはあの清瀬さんだった。
「びっくりした!一平くん、まだここで頑張ってたんだね!」
「こっちだってビックリしましたよ、まさか清瀬さんが」
「子育ても終わったし、また働きたいなって思ってさ!」
「そうだったんですか、いやそれにしても本当に驚いた」
「ねえ一平くん、あ、一平くんなんて呼んじゃ失礼ね」
「まあ社内では猪原さんで、二人の時は一平くんでもいいですけど」
「わかりました。にしても、お互いに年取ったわね」
その屈託のない笑顔はあの頃のまんまで、
私の意識はすぐにあの頃に引き戻されてしまった。
あれから彼女も離婚して元ご主人の姓をそのまま名乗っている事もわかった。
私は自分の心にほんの少し不穏な揺らぎを感じた。
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彼女が入社して数日が経った。
とりあえずはごく普通なオフィスの日常が流れたが、
私の心中は何となくワサワサと落ち着かなかった。
そして私がそのワサワサを持ち過ぎたせいか、
或いは自分の心に不穏な揺らぎを感じたせいか、
はたまた何かもっと別のバイアスが働いたせいか、
ある日、彼女がとんでもないものを持ってきた!?
「ねえ、いっぺ、じゃなかった、猪原部長!」
「清瀬さん、何ですか? って、それはああ!!」
「ふっふ~ん、覚えてらっしゃるようですね、ぶ・ちょ・う・さん」
「い、一体どこからそれを!?」
「倉庫の奥の奥のそのまた奥の、だ~れも見ない所から」
「な…、そんなもの見つけるのが仕事じゃないでしょう」
「たまたまです、偶~然です、はい偶~然!」
それは1箱のダンボール箱だった。
まだ清瀬さんが在籍していた当時、私が仕事で大失敗して、
清瀬さんが一緒にクライアントに謝罪に行ってくれた時に、
私が抱えて持って行った誤商品が入ったダンボール箱だ。
清瀬さんのおかげで取引は無事に進行したものの、
あの時の私の凹みようはまさに黒歴史と言える程だった。
私は"自分への戒め"のつもりでその箱と中身を捨てずに保管していたが、
それがいつしか清瀬さんとの思い出のアイテムとして徐々に変換されてしまい、
そのダンボール箱一式に捨てられない程の愛着を持ってしまった。
そして何を考えたのか倉庫の奥の方に仕舞って、いや隠してが正しいか、
いずれにしてもいつかは処分しようと思いながらも30年…
今日の今日まで奇跡的に誰も触らなかったあの箱を、
まさか清瀬さんが30年後のこのタイミングで探し出すとは…
青天の霹靂どころじゃない!
「わたし、知ってたんだよね~、一平くんがこれ隠した事!」
「…」
「まさかとは思ったけど本当に出てくるなんてね!」
「…」
「って言うか保存状態良いとダンボールも結構長持ちするんだね!」
「…で、何がお望みなんですか?」
「お!察しがいいねえ~、じゃあそうね」
「はい」
「誰にもこれをばらされたくなかったら…」
「なかったら?」
「今夜、一杯付き合ってもらいましょうか~」
「僕に選択の余地は、ありませんね」
「ありませんね~」
忘れた頃にやってくる恋は、
災いとまでは言わないまでも、かなりの悩ましさを伴うもんだ。
が、何にせよ一歩踏み出してみない事には何もわからんがね。
おい、ダンボール箱、お前、
今日こうなる事を知っててわざと見つかったんじゃないだろうな。
だとしたらダンボールのくせに生意気だ、大きなお世話だ。
で、踏み出してみろ、って事なのか?おい
FIN
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あ と が き
あの時のあれが今になって!!
そうか、今日この日のこれに繋がってたのか!!
という経験はありませんか?
まさにレベル違いの人生の伏線回収!
劇的な物も勿論、よ~く考えてみると普段は気付かないだけで、
小さな伏線回収も沢山、そしてしょっちゅうあると思うんです。
道端に咲く小さな花に気付いたのも、
ふと空の青さに心がスっとしたのも、
なにか意味があったのかもしれません。
過去の何かがそうさせたのか、これから何かに繋がるのか、
その繋がりに気づけると、ちょっと楽しい。
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
ライティング兼編集長:メリーゴーランド

