~守られて~■アースダンボール メルマガVOL125■2021年12月号-2
『これが何だかわかるかい?琴子(ことこ)、』
曾祖母が飛行機模型を手に持って私に言った。
『ゼロ戦でしょ?』
『そう、正式には零式(れいしき)艦上戦闘機』
『へえ・・・』
『じゃあ特攻隊って知ってるかい?』
『特攻隊?・・・』
『そう、特攻隊。私の初恋の人はね・・・』
私はその日、初めて曾祖母と膝を交えて話した。
(´o`)п(´o`)п(´o`)п
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私は琴子、18歳の大学生。
大学生って言っても夢無し目的無しのひとまず進学。
私はいつも無気力で無関心、感情の起伏もあまり無い。
そんな私には曾祖母が居る。祖母も同居していた為、
曾祖母のひいおばあちゃんを縮めて"ひーちゃん"、
祖母を"おばあちゃん"と呼んでいた。
他人にも家族にもあまり興味のない私は、
今までひーちゃんの人生を知る事も想像する事も無かった。
そんなある日、珍しくひーちゃんが私を部屋に呼んだ。
『なに?ひーちゃん、珍しいね』
『琴子、忙しいのにすまないねえ』
『別にいいよ、で、どうしたの?』
『ダンボール箱を1つ調達してくれないかしら?』
『ダンボール箱? 何を入れるの?』
『これだよ・・・』
ひーちゃんはベッド脇の棚にある飛行機模型を手に言った。
『なんでダンボール箱に入れるの?』
ひーちゃんは少しの間をとった後、こう言った。
『これが何だかわかるかい?琴子(ことこ)、』
『ゼロ戦でしょ?』
『そう、正式には、零式(れいしき)艦上戦闘機』
『へえ・・・』
『じゃあ特攻隊って知ってるかい?』
『特攻隊?・・・』
(´o`)п(´o`)п(´o`)п
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ひーちゃんは話しを続けた。
『私の初恋の人は戦争に行ったの、ゼロ戦乗りだったの。
今も最後に見送ったあの人の背中を覚えてる。
私が18歳の時だった。今のお前と同じ年の時ね。
しばらくしてあの人が亡くなったと通知が届いたの。
最後は特攻隊に志願したって書いてあったわ。
悲しい、寂しい、悔しい、虚しい、全部だったわ。
でもそんな事も言ってられないくらい大変だった。
みんな、今日を生きるのに必死だったよ。
それから数年経ってお前のひいじいちゃんに出会ってね。
ひいじいちゃんは戦時中に工場でゼロ戦を造っててね。
勿論、私は初恋の人の事を全部話したわ。
そしたらひいじいちゃん、
"その方も私が造ったゼロ戦に乗ったかもしれませんね"って。
私の全てを受け入れてくれてね。私達は結婚したの。
偶然にも、私が愛した人は二人ともゼロ戦に携わる人だった。
それから三人の娘に恵まれてね、その一人がお前のおばあちゃん。
決して楽じゃなかったけど、賑やかで幸せな暮らしだったわ。
でもひいじいちゃん、主人は結核で40歳で亡くなってね。
私はまた愛する人を失ってしまったの。
その時たった一度だけ、自分の運命を呪ったわ。
でもやっぱり、いつまでも悲しんではいられなかった。
なんせ3人の娘が居るからね。必死で必死で働いたわ。
この子達を守らなきゃ・・・て。
でも長女が、お前のおばあちゃんが中学校を卒業する時、
こう言ったんだよ。
"お母さん、今まで私達を守ってくれてありがとう。
これからは私も働いてお母さんと妹達を守るよ" って。
その時にね、気づいたのよ。
私は娘達を守らなきゃってばかりだったけど、
守られてたのは私の方だったんだなって。
あの人も主人も亡くなってはしまったけど、
あの人や主人が守ってくれたものが巡り巡って、
今も私を守ってくれてるんだなって』。
時間にしてたった4~5分のその話が、
私には1時間にも2時間にも感じられた。
いつも無関心な私の心の底に静かに溜まった沈殿物に、
その中心に串を刺されてぐるぐる掻き回される感覚だった。
恋人が戦争で亡くなる?
大切な人が病気で亡くなる?
一人で子供を育て上げる?
悲しむ暇もなく必死で今日を生きる?
今、目の前にいる人はそうして生きてきた?
なにそれ、なにそれ?
勉強はそれなりにできて知識もそこそこある私なのに、
今まで得た語彙力なんて何の役にも立たないくらい、
頭の中で何の整理も、想像さえもできなかった。
その時ふいに、ひーちゃんが言った。
『琴子、大丈夫?』
『うん、大丈夫、で、それから?』
『それからは娘も皆成長して、それぞれ結婚もして、
"お母さんは今まで苦労したんだからもっと楽して"
って言ってくれて、守られてばっかりの人生だったわ。
そして最初の孫、お前のお母さんが生まれて数年後、
長女、お前のおばあちゃんが一緒に住もうって言ってくれて。
そして初曾孫のお前が生まれて。申し訳ない程幸せな人生だよ』
ひーちゃんの顔はとても穏やかだった。
私は自分の頬に涙が伝っているのにも気づけなかった。
『そう言えばそのゼロ戦、どうしたの?』
『お前の従弟の功(いさお)の小学生時代の夏休み工作でね。
何やら賞を貰ったとかで私に見せに来てくれてね。
その日はたまたま私の誕生日で"何が欲しい?"て言うから、
"それが欲しい"って言っちゃってね。でも快くくれたの。
本当に偶然、功が持ってきたゼロ戦だったけど、
あの人と主人の心に、もう一度触れられた気がしてね』
『そっか・・・ひーちゃんの宝物だったんだね。
それで何でまたダンボールにしまうの?』
『この間の地震の時にゼロ戦の上に物が落ちてね、
ゼロ戦が壊れそうになっちゃったのよ。その時に思ったの。
こんな年になっても、まだまだ何かを守りたいなって。
だからまずはこのゼロ戦を守るの。私の新らしい一歩ね』
『ふうん、でも他にもいい方法あるんじゃない?』
『あら、こういう時はダンボールが一番なのよ^^』
そう言うひーちゃんの目はとてもキラキラしていて、
私の理屈っぽい考え方なんて不要なんだと納得できた。
ひーちゃんはひーちゃんの感性でダンボールに決めたんだ。
するとその時・・・
『お母さん、入るわよ』
と言って私のおばあちゃんが部屋にやって来た。
すると続いて
『おばあちゃん、入るわよ』
と言って私の母も入ってきた。
何故か二人とも一抱えほどのダンボール箱を持って。
あれ・・・?
と顔を見合わせるひーちゃん以外の3人・・・
『ひーちゃん、まさか皆にダンボール頼んだの?』
『うん、そうよ。一番丈夫な箱にゼロ戦入れてね、
他の箱も全部ちゃんと使うから、みんなありがとうね』
と悪げもなくニコニコしながらそう言った。
するとみんなもケタケタと笑い出してしまった。
『も~おばあちゃんたら、そうならそうと言ってよ~』
ダンボール箱とゼロ戦を囲んで、
久しぶりに揃った女4世代でひと時を分かち合った。
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その日の夕食後、リビングで母と二人になった時、
私はふいに母につぶやいた。
『お母さん、私、戦争とか特攻隊とか、わかんないの。
ひーちゃんの初恋の人の事とか、ひーおじいちゃんの事とか』
すると母はこう言った。
『それはお母さんも同じ、私にもわからないわ。
戦争とか特攻隊とかには色んな考えや捉え方があるものね。
でもお母さんこれだけは思うの。
ゼロ戦乗りだったおばあちゃんの恋人も、
工場でゼロ戦を造ってた貴方のひーおじいちゃんも、
家族や大切な人や国を守る為に闘ってくれてたって。
そして誰かに守られたら、その事を忘れちゃいけないって。』
『うん、そうだね、私もそう思う。
・・・・・・・・そうだ、あのね、
私、丈夫なダンボールを調達してくる。凄い丈夫な箱!』
『そうね、おばあちゃん喜ぶわね』
『うん、おやすみなさい』
『はい、おやすみなさい』
FIN