時間よ止まれ -後編-■アースダンボールメルマガVOL169■2023年10月号-2
間違えない、ここだけ確かに時間が止まっている。
このダンボール箱の中の時間だけが・・・!!
だがこの箱を何に使えというのか?
神様は何故この箱を私に授けたのか?
そして私は科学者の禁忌(きんき)にこの箱を使ってしまった。
寿命に逆らうという禁忌を・・・
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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私は筑波奏太(つくばかなた)。
年老いた物理学者だ。
そして私は間もなく人生の終焉を迎えようとしている。
私が小学4年生の時、
当時から科学オタクだった私は偶然にも、
あるダンボール箱の中の時間だけが止まっている事を突き止めた。
そのトリガーは蓋を完全に閉じると時間が止まり、
蓋を開けると再び時間が動き出す事も突き止めた。
しかし私が大学生の時、
私が子供の頃からずっと一緒だった
老猫の"アル"の体調が悪化し、
アルを失う恐怖にかられた私は
アルをそのダンボール箱の中に入れ、
アルの寿命を長らえるという選択をしてしまった。
それがどんな意味を持つのか、
何をもたらしてしまうのか、
その時はそんな事も考えずにただ怖くて、
夢中でそうしてしまった。
そして気づいた時にはもう遅かった。
その後は後戻りもできず、
アルの死とも向き合えないまま、
逃げ続けたまま数十年という年月を生きてしまう事になった。
アルを時間の止まったダンボール箱の中に閉じ込めたまま・・・
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アルを箱に入れた当初は、
頻繁に蓋を開けてアルの様子を確認していた。
蓋を開けると止まっていた時間が動き出す・・・
アルは大抵は静かに寝ていた。
呼吸で収縮するお腹を確認して、
少し撫でて、安心してまた蓋を閉じる。
タイミングのいい時は目を覚まして顔を上げ、
か細い声でニャアと啼(な)く。
そしてアルが寝たのを確認してから、
また蓋を閉じる。
起きている時に蓋を閉じるのは少し忍びなかったからだ。
ある時ふと、
アルの方からするとどういう状況なのかと考えた事がある。
理論的にアルが感じているのは、
寝ている自分と開いた蓋(箱)の向こうから
見つめる私が居るだけ。
ずっとその状態のままだ。
だから蓋の開け閉めを繰り返す煩わしさも無いはずだ。
そんな風に自分を正当化し、私は逃げ続けた。
そして今では1年に1度、
蓋を開けるか開けないかという生活になった。
アルは今も生きている。
同時にアルの時間は箱の中で止まったままだ。
アル、これはお前にとって幸せな事なのだろうか?
私は人生の終焉を目前にして、
今までアルと向き合わなかった事を後悔した。
私自身は結婚もして子供にも恵まれ、
それなりに幸せな人生を送る事ができた。
ただ息子達は今は遠方で暮らしていて、
妻にも先立たれ、私は一人だ。
そしてここで一人で死んでいくのだろう。
そう思ったら、たまらなく寂しくなった。
一人で逝く事をこんなにも寂しいと感じるなんて・・・
それでやっとわかった。
あの時、アルの死と向き合うべきだったと。
アルの死を、この目で見届けてあげればよかったと。
でも、今アルを箱から解き放ってしまえば、
私の方がアルより先に逝ってしまうかもしれない。
そうなったらアルは一人ぼっちになってしまうじゃないか。
でも、でもアル、
私はどこまで自分勝手な人間なんだ・・・
こんな時でさえ、
最後にもう一度お前に会いたいと思うなんて・・・
そして私はダンボール箱の蓋を開けた。
するとアルが目を覚ました。
アル・・・アル、、、アルよ・・・
私はアルをそっと一撫でした。
すると突然、アルが初めて箱からひょいと飛び出した。
「アル、一体どうした・・・!?」
アルはクンクンしながらダンボール箱の周りをゆっくり回り、
更にガジガジと噛みついて蓋を1枚ちぎってしまった。
「おい、アル、本当にどうしたというんだ・・・!?」
アルはゆっくり歩いて私が伏している布団の上まで来て、
そこでゆっくりと腰を下ろして横になり、
顎を自分の手の上に静かに乗せた。
その時、アルの感情が私に流れ込んで来たような気がした。
「そうか、もう箱の中に戻らないんだな・・・
久しぶりに一緒に寝るか、なあ、アル・・・」
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「博士の検死結果は出たか?」
「はい、死亡推定時刻は昨夜10時前後、どうやら老衰のようです」
「そうか、それで博士に寄り添って死んでいた猫は?」
「虐待などの跡も病気もなく、同じく老衰のようでした」
「老人と老猫が同じ日に同じ布団の上で老衰・・・か・・・
俺が捜査した案件では初めての出来事だ」
「それから警部、近くにあったダンボール箱ですが、
その猫が死ぬ前にかじった事がDNA鑑定でわかりました」
「そうか、事件性はどこにもない、という事だな」
「そうなりますね、ただちょっと不可解な事も・・・」
「不可解?」
「はい、不可解というのはちょっと大げさなんですが、これを見て下さい」
「博士の子供の頃の写真か?」
「そうです、博士と一緒に写ってる猫をよく見て下さい」
「博士の袂(たもと)で死んでいる猫とそっくりな模様の猫だな。
まるで生き写しだ」
「はい、偶然にしては似すぎてるな、と。まあ偶然ですけどね」
「そうだな。偶然だろうな。・・・それにしても」
「それにしても?なんです?」
「いやな、それにしても・・・
こんな幸せそうな顔の二人一緒の仏さんも初めて見たな、
と、思ってな」
FIN
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【編集後記】
時間が止まる、と対局なものとして、
永遠の命、永遠に生きる、というものがあります。
小説でも漫画でも映画でも、もしかしてリアルでもかもしれませんが、
永遠の命、或いは永遠の若さを求めて云々、という人がいますよね。
正直、私にはわからない世界です。
ダンボールだっていつかは無くなります。
でも今はありますし、人類に必要なものです。
私は今、こうしてダンボールを作ったり、
読者の皆様に語り掛けたり、語り掛けて貰ったりする今を、
大事に大事に、大切にしようと思います。
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
ライティング兼編集長:メリーゴーランド