~その秘密、どこに隠そうか~■アースダンボールメルマガVOL188■2024年8月号
その背筋も凍りつく事態に遭遇したのは、
高校受験、第一希望の公立校合格発表の日だった。
貼り出された掲示板の合否結果を母に電話で伝えて家に帰った。
そして玄関を「ただいまー」と意気揚々に開けた僕の目に、
とんでもないモノが飛び込んで来た!
な、なんでこれがここにある!?
だってこれは、つい先日、僕が自分で買っ…
すると母が満面の笑顔で言った。
「何はともあれ、受験お疲れ様。
これ頑張ったご褒美、あんたがずっと欲しがってたモノ」
えっと…えっと…
「か、母ちゃんごめん!!実は俺、隠してた事が…」
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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僕は多々良謙信(たたらけんしん)45歳。
休日、片づけがてら押し入れの中をガサガサ広げていると
奥の方から懐かしいダンボール箱が出てきた。
この箱は今から30年前、僕が高校受験の時に、
あるモノを隠したダンボール箱。
そして僕に母親という存在を、女性という存在を、
教えてくれたダンボール箱でもある。
あまりにも強烈な経験で、
あの時のダンボールの色はまだ目の裏に焼き付いている。
"少し色褪(あ)せたかな"
そう思いながら、僕はその時の出来事を思い出していた。
…。oо○**○оo。…。oо○**○оo。…
当時の僕は、行きたい高校などは特に無かったが、
学費を考えると出来れば公立高校で、くらいに思っていた。
それより公立高校に合格して買って欲しいものがあった。
僕はその為の猛勉強と猛アピールを繰り返していたが、
アピールの方はほぼ手応えが無く、むしろ諦めていた。
それでも一縷(いちる)の望みを託して受験勉強に励んだ。
日程はまず私立校2校を受け、最後に公立高。
僕は見事に私立高2校とも合格し、
あとは最後の公立高校まで集中力と体調を維持するだけ。
そんなさなかの事だった。
「入学一時金?なにそれ?」
多くの私立高校では入学一時金を納めるシステムだった。
しかも納付期限は公立高校の試験日より前。
つまり公立高校に合格してその私立校に入学しなくても、
納めた一時金は戻っては来ない。そういうシステムだ。
僕が合格した私立高校の一時金は1校4万円×2校で合計8万円。
そして母は8万円を手渡し、僕にこう言った。
「自分の事なんだから自分で手続きしてきなさい。
入学金や授業料はこっちでやってあげるから」
僕は8万円を持って銀行に向かった。大金だ。
大事に大事に、お金の入った封筒をリュックに入れ、
そのリュックをわざわざ前にしょって、
両手で抱きしめながら銀行までの道のりを歩いた。
しかし家電店の前に差し掛かった時だった。
"それ" が僕の目に飛び込んで来たのは…
"決算セール!!大人気ミニコンポが8万円!!"
「な、、なんだってえええ!!!」
僕は二度見、三度見した。
僕がずっと欲しかった合格祝いで狙ってたやつだ!
しかも8万円、半額!!か、買える、今なら買える!!
いやでも…でもこのお金は僕のじゃない。でも買える!!
それに合格祝いで買って貰えるかどうかもわからないし。
でも、でも今なら買える!!どうする、どうする…
店の前で30分悩んだ僕は、遂に買ってしまった。
僕は自分の部屋の押し入れのダンボール箱の中にミニコンポを隠した。
これで公立高に合格するしか僕の生きる道はない!まさに背水の陣だ。
いやそんなカッコいいものじゃない。少し後悔が出始めた。
僕は不安まみれで大勝負に臨まなければならなかった。
それでも2週間後、僕は無事に公立高校に合格した。
貼り出された掲示板の合否結果を母に電話で伝えて家に帰った。
帰り道、心はとても軽やかだった。
合格した喜びよりも、あの事がバレずに済む安堵感の方が大きかった。
そう、僕はバカだった。
そして玄関を「ただいまー」と意気揚々に開けた僕の目に、
とんでもないものが目に飛び込んで来た!
な、なんでこれがここにある!?
だってこれは、つい先日、僕が自分で買っ…
すると母が満面の笑顔で言った。
「何はともあれ、受験お疲れ様。
これ頑張ったご褒美、あんたがずっと欲しがってたモノ」
な、なんでこれがここにあるんだ…
これは先日僕が内緒で買ったコンポと同じもの…
僕は声も出せず身動きもできず、ただ固まっていた。
「なにいきなりぼーっとして!そんなに嬉しいの?」
えっと…えっと…
「か、母ちゃんごめん!!実は俺、隠してた事が…」
僕は洗いざらいを母に自供した。
…。oо○**○оo。…。oо○**○оo。…
「はあ~ ε-(;-ω-`) 全くあんたって子は。知ってたわよ、全部ね」
「し…ってた?」
「当り前じゃない、バレないとでも思ってたの?
何年あんたの母親やってると思ってるのよ。
一時金が入金されてないって学校から連絡来たし、それに…」
「それに…?」
「それにあんたの隠し場所の定番が押し入れの段ボールって事も知ってる」
「じ、じゃあこれは」
「そ、あんたのダンボール箱に入ってたモノ」
「………」
「自白してくれたのが唯一の救いだわね」
「………」
___________
それから僕は母にこってり、それまでの人生で一番、
絞られ、叱られ、怒られた。
もう二度とこんな馬鹿な事はしないと誓った。
そんな僕が、あるいはそのお陰か、
大学法学部へ進学して司法試験にも合格、弁護士として働いている。
とまあこれで終われば、ただの何となくいい話だ。
実は母があの時くれた教訓がもう一つある。
それは、今の僕にとっては法律の知識や経験と同じくらい、
もしくはそれ以上の教訓と言っても過言じゃない。
あの時の騒動から数か月が経った頃、
僕が母から課せられた"罰"を終えた頃くらいだったか、
母は僕にこう言ったんだ。
「一家を守る主婦はね、家の隅から隅まで見えてるのよ。
ダンボール箱なんてもってのほか、箱の隅々まで見えてるわ。
到底、男(あんたたち)に女(わたしたち)を欺(あざむ)く事なんて、
出来ないのよ。覚えておくといいわ。」
あの時、なぜ母が僕にそう言ったのかは今もわからない。
だがしかし僕はこの言葉に、とても助けられている気がするんだ。
あれ以来、僕は本当に隠したい物はダンボール箱には隠してない。
FIN
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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編 集 後 記
同じような経験をした人、いらっしゃいますよね。
家に有る全てのダンボール箱は主婦のテリトリー内。
女性は相手男性の心の中までお見通し。
隠し事なんかすぐにばれる。
などと考えながら私はふと思いました。
そもそも隠し事や隠し物をしない人生を送るのが無難なのか?と。
いやそれはやはり無理だ。
人は誰しも、少なくとも心の中には何かを隠しながら生きている。
男性はバレやすく女性が気づき易いのはきっと何か法則があるのだろう。
でも時にはその逆、女性の隠し事を男性が気づく場合もある。
ただ何故だろう、
そんな時は、気づかないフリしてそっとしておいてあげたい、
そんな風に思うのは。
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
ライティング兼編集長:メリーゴーランド