ダンボールの香り、セツナ -第二話-■アースダンボールメルマガVOL177■2024年2月号-2
たった今、私は失恋しました。
告白もしないまま、失恋しました。
私が見たのは、彼と、その彼女の幸せそうな姿。
今、彼の隣に居るのがもし私だったらと、
想像してしまった私は愚かだ。
でも本当に愚かだったのは・・・
彼に一回も告白していない、好きと伝えていない事だ。
2人が幸せそうに沢山のダンボール箱を畳んで片している姿を、
あの頃の私と彼の姿に少しだけ重ねてしまった。
それは私にとって、たった一つの彼との思い出。
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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あの頃、それは私が中学生の頃・・・
私は東野琴乃(とうのことの)24歳、OL2年目。
大学入学で実家を出て、卒業後も大学のあった街でそのまま就職した。
私は小さい頃からどこにでもいる大人しくて物静かな女の子だった。
物静かと言えば少し聞こえはいいけど、暗くて無口、が真実に近い。
消極的で、男の子に告白した事なんて今の今まで一度もした事がない。
告白された事は何度かあったけど、その度に『ごめんなさい』をして、
友達からはよく『あんたそのうちモッタエナイおばけ出るわよ』
と言われた事もある。モッタエナイおばけって何かしら??
けど私には密かに好きな男の子が居た。彼の名前は早坂くん。
早坂くんは明るくてリーダーシップもある人気者で、私とは真逆の存在。
小、中学校と9年間も同じ学校でクラスもよく同じになったけど、
引っ込み思案な私には早坂くんとの接点なんて殆んど無かった。
でも、早坂くんとの思い出が一つだけあった。
それは早坂くんと最後に同じクラスだった中学3年生での文化祭での事。
私と早坂くんはクラスから男女一人づつ選出される文化祭実行委員になった。
ただ私は率先して働いてくれる早坂くんの後をついて行くだけの存在だった。
文化祭が無事に終わった日の夕方、飾りつけ用の大量のダンボールを、
実行委員のメンバー数名で片付ける予定になっていたのだけど、
何かの手違いで私と早坂くんしかおらず、仕方なく二人で片す事にした。
『考えてもしょうがねえや、二人でやっちゃおうぜ』
『うん、そうだね』
私はかろうじて返事ができたけど、嬉しくて恥ずかしくて緊張して、
顔全体で強く脈打つ力がわかるくらいに心臓がドキドキしていた。
早坂くんと二人っきりのお仕事だ・・・
私のそんな乙女心にも構わず、早坂くんはどんどん作業を進めた。
私もその動きにつられる様にせっせと動いた。
そしてしばらくすると・・・
『遠野、お前すごい汗だな、少し休憩するか』
『あ、うん。ほんとだ、いつの間に、早坂くんもすごい汗だね』
(やだ、私ってばこんな汗びっしょり、に、匂いとか大丈夫かな・・・)
私はそっと早坂くんの風下に移動して、鼻腔に意識を集中した。
するとそこにあったのは・・・
沢山のダンボールの匂いと、早坂くんと私の匂いと、秋の風の匂い。
ああいいな、こういうの、心と体がフワッとする感じ、風も気持ちいい。
その感覚に呑気に浸っていると早坂くんが話しかけてきた。
『なあ、遠野ってさ、好きな人とか、居る?』
『へええ!?き、急にどうしたの!?』
『だって遠野って結構告白とかされてるけど誰とも付き合わないじゃん』
『それは、だって・・・うん、いるけど』
『やっぱそうだったんか、多分そうだと思った』
『早坂くんこそ結構告白されてるのに彼女とか居ないよね』
『うん、俺も遠野と同し、好きな人が居る。お互い上手くいくといいな』
『そうだね・・・』
その時に交わした言葉はこれだけ。
これが私と早坂くんとの唯一の思い出。
そして結局、私は早坂くんに告白できないまま中学を卒業した。
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早坂くんとは別々の高校に通う事になった。
叶わなかった片思い・・・
ただそれだけの事にして、あの想いを昇華したつもりで過ごした高校生活。
そして早坂くんと再会したのは中学卒業から5年後の成人式での事だった。
久しぶりに会った早坂くんは少し大人びていて、でもほとんどあの頃のままで、
同級生との再会に、じゃれてはしゃぐ早坂くんを見て私の心は少しほっとした。
ほっとした?あれ、なんか違う、そういうんじゃなくて・・・
その時、昇華したはずの想いが心の保管庫で大事にされ続けていた事に気づいた。
私、まだ早坂くんの事が好きだったんだ・・・
『よお、遠野、久しぶり、振袖似合ってるじゃん』
『早坂くんも、スーツ似合ってるね』
その日をきっかけに再開した当時の同窓生達は連絡先を交換し合い、
特に今も地元に居る人達はよく集まるようになった。
私は成人式が終わるとすぐにまた地元を離れ、いつもの生活に戻った。
早坂くんとは本当に時々だけど、スマホでやり取りし合うようになった。
いつ切れてしまうかもわからない程に細い糸だけど、つながりがあった。
そして今、早坂くんに彼女は居ない。だから今度はちゃんと・・・
そう思いながらも、大学やバイト、就活、卒論・・・
私は忙しい日々に流されていった。
いつ彼女ができちゃうかもわからないのに。
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その後大学も無事に卒業、就職先も決まり社会人になって半年が経ち、
季節は秋がいよいよ深まろうという頃、そのニュースは突然やって来た。
『俺、勤務先が遠野の居る街になって、遠野の隣街に引越す事になった!』
『ほんと!?』
目の前がパアア~!っと明るくなった!!
ああ神様、こんな事があっていいの!?
早坂くんの方からこっちに来てくれるなんて!!
しかも、早坂くんの新居の住所は隣町と言っても徒歩で行けるほど近い!!
引っ越しの日、私はサプライズお祝いをしようと早坂くんの家に向かった。
家に到着する直前の曲がり角で足を止め、そっと角から家の方を覗き見た。
一軒家なんだ、スゴイ、お庭もある、あ、早坂くんだ!!
早坂くんは庭にある大量のダンボール箱を畳んでいる最中だった。
じゃあ行っちゃおうかな、なんならダンボール片付け手伝っちゃおっかな。
ふと、私の脳裏にあの時の、二人だけのダンボール片付けの場面が蘇った。
うふふ・・・すこしニヤケた顔を抑え、角を進もうとした瞬間、
その家の奥の方から女の人の声が聞こえた。
『ね~ハヤサカ~、この箱もお願いしていい~?』
『ああいいよ、ここに置いといて~!』
だ、、、だれ!?
私は即座に角に戻って身を隠した。心臓がバクバクしてる・・・
と、友達かな?それとも会社の同僚さんとか。い、妹さん?親戚かな?
私は恋人以外の選択肢だけを頭に浮かべて平静を保とうとした。
だ、ダメだ、苦しい・・・死にそう・・・
私は震える身体をどうにか動かし、もう一度家の方を覗き見た。
するとさっきの声の女性が早坂くんの方へ小走りで駆け寄った。
綺麗な人だな・・・明るくて元気で、とっても優しそうな人だ。
でも、ダメ、やめて!それだけは私に見せないで!お願い!!!
見たくない!そう思いながらも私は二人から目が離せなかった。
二人は、そっとキスをした。
『あ・・・やっぱり、だよね・・・』
その時、私の五感が全ての機能を停止した。
何も見えない・・・聞こえない・・・感じない・・・
まるで私の時だけが止まったみたいだ。
そう感じた時、ほんの一瞬、まさにセツナの時間、
たった一つの感覚だけが蘇ってフワッとうずいた。
ああ、この匂い、ダンボールの匂いと、早坂くんの匂いだ・・・
また、秋の風がこの匂いを私に運んでくれたのね。
あの時と同じだわ。ああでも、あの時と一つだけ違ってる。
あの時にはなかった匂い。あの子の匂い。
あの子の優しい匂いがそっと溶け込んでる。
その時は不思議と涙は出なかった。
徐々に全ての感覚が戻った私は、ちょっとした清々しささえ感じた。
それほど、溶け込んでいたあの子の匂いは優しさであふれていた。
早坂くんとあの子は強い絆で結ばれているのね。
私はそのまま、元来た道を歩き出した。
たった今、失恋しました。
私が見たのは、彼と、その彼女の幸せそうな姿。
彼と私の幸せな未来を想像してしまった私は、愚かだ。
いやそうじゃない、本当に愚かだったのは・・・
彼に一回も告白していない、好きと伝えていない事だ。
2人が幸せそうに沢山のダンボール箱を畳んで片付けている姿を、
あの頃の私と彼の姿に少しだけ重ねてしまった。
それは私にとって、たった一つの彼との思い出。
ただ今日、これだけは決めた。
今度好きな人ができた時は、絶対に想いを伝えるんだ。
こんな後悔はもう二度としないんだ。
私はさっきまでの自分を振り払うように、強く、強く歩を進めた。
このまま、このまま進むんだ、歩け、行け、頑張れ私!!
でもその時、目の前の信号が赤になり、私は足を止めた。
その瞬間、どっと涙があふれてきた。
次から次にあふれてきて止まらなくなった。
我慢が限界を迎え、私は人目もはばからず交差点に立ちすくんで泣いた。
嗚咽しながらわんわんと泣いた。
鼻腔の奥には、まだ微かにあの時の匂いが残っていた。
FIN
セツナ(刹那)・・・時間の最小単位。極めて短い時間、あるいは瞬間を指す言葉。
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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【編集後記】
想いを伝えられないままの失恋、
もしかしたら貴方にも経験があったのではないでしょうか?
そしてそれがいい思い出になった人、苦い思い出になった人、
今まさにそれを経験したばかりの人もいらっしゃるかもしれませんね。
言わなくても、伝えなくても伝わる事もあるにはあると思いますが、
そもそも言うのが難しい、伝えるのが難しい場合もあると思います。
そんな方々の為に私達ダンボール屋が直接できる事は少ないですが、
弊社のダンボールが誰かの想いを誰かに伝えるお手伝いが出来ればと、
本気でそう思いながら今日もダンボール造ってます。
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
ライティング兼編集長:メリーゴーランド