片付けられない女■アースダンボールメルマガVOL185■2024年6月号-2
私は片づけられない女。
一応言っておくけど恋愛の話じゃないの。
じゃあ何が片づけられないのかって?
あのね、ダンボール箱が片付けられないの。
そんな人はいっぱい居るって?
そうなんだけど、確かにそうなんだけど。
片付けてしまうと、
もう母の声が聞こえなくなってしまいそうで、それが怖くて。
でも、そろそろ前に進まなきゃだよね。
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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私は稲盛純夏(いなもりすみか)25歳、OL2年目。
大学卒業後、就職を機に初めて一人暮らしを始めた。
親との仲が悪い訳じゃない。むしろ仲はいい方だ。
それに会社が遠い訳でもなく実家から充分通える距離。
これも経験、くらいの気持ちで家を出る事にした。
でも私が家を出て半年が過ぎた頃、母に病気がなった。
病名はガン。余命は半年。
あまりにも突然で最初は全く信じられなかったけど、
時間と共に弱る母を見て受け入れざるを得なくなった。
母も、私も家族も、どんな気持ちで過ごしていたっけ?
余命宣告の半年を過ぎた頃、母はまだ生きていてくれた。
それどころか、心なしか食欲も前より出て元気に見えた。
もしかしたらこのまま行けるんじゃ!?
そんな期待さえ持ち始めたある日、
「ねえ純夏、お母さん、あんたの部屋、見たいなあ~」
「あ~そっか、お母さん、私のアパート来た事なかったよね」
「うん、一回くらい行っておかないとね」
「一回くらいって、別に近いし何回だって。
じゃあさ、体調のいい日に外出許可貰って行ってみる?」
「うん、お母さん今なら行けそうなの。楽しみだわ~」
「なんもないけどね、ぜひ来てよ」
そう返答する私を見て母は楽しそうに笑っていた。
_________
次の週末、約束通り母を私のアパートに連れて行ける事になった。
買ったばかりの私の新車の助手席に母を乗せ、病院を出発した。
「そう言えばこの車に乗せてもらうのも初めてね」
「そうだね、これからいっぱい乗せてあげるよ」
「うん、ありがとう、楽しみ」
私のアパートは実家からも病院からも車でほんの30分程。
けど、今の母にはやっぱりちょっとした大仕事だ。
アパートに着くと、母は駐車場から外観から風景から、
全てを目に焼き付けるかのように隅々まで見渡していた。
部屋に入ると、あれは何?これは何?と、
私の生活に関わる全てを、あれやこれやと聞いてきた。
そして母が奥の部屋の扉を開けようとした時だった。
「あ、ダメ!その部屋は…」
時すでに遅し、母は扉をスッと開けるなり一言呟いた。
「あら~…」
その部屋は私の寝室…、兼、…物置部屋。
引っ越しとその後の混乱を象徴するかのような、
大量のダンボール箱がどドサドサっと積まれて高層ビル群が建設され、
その隙間にひっそりと、私のせんべい布団がくしゃっと畳まれていた。
「あ~ここだけは見られたくなかった…ぬかった」
「うふふ、まあこんなこったと思ったけどね」
一応元気にやっているようだと母は安心したようだった。
病院への帰りの車内で、母は心なしか口数が多かった。
「あんたが結婚でもしたら、今度はその家に行きたいな~」
「そうだね、来なよ。まあ結婚したらだけど」
「旦那さんの運転で、あんたが助手席で私が後ろの席で、
こうやってドライブしたいな~」
「そうだね、ドライブも行こう」
「あ~楽しみ、楽しみが増えたな~」
「うん、楽しみいっぱいだよ。これからもっとさ」
「お母さんちょっと疲れたわ、寝るね」
「うん、病院着いたら起こすから、寝なよ」
「うん、おやすみ」
車内に柔らかい西日が差し込み、母は気持ち良さそうに眼を閉じた。
と思った矢先、また口を開いた。
「あのダンボール片しなさいよ、女の子なんだしさ。
あれじゃ彼氏も来られないじゃない」
そうポツンと呟いて、私が言葉を返す間もなく、
またスゥっと眠りについた。
そして、そのまま母は起きなかった。
その日から一週間ほど昏睡状態が続き、そのまま亡くなった。
________
母の葬儀が終わって諸々がひと段落した頃、
私は一人でアパートに戻った。
そう言えばついこの間だったな、母さんがここに来たの。
私はその時を思い出しながらふと考えた。
そう言えば母さんとの最後の会話ってなんだったっけ?
最後の言葉ってなんだったっけ?
あ、そうだ、
「あのダンボール片しなさいよ、女の子なんだしさ。
あれじゃ彼氏も来られないじゃない」
だ。
あ~、もう少し、綺麗な会話しとけばよかったかな…
そしてそれから半年間、
私はあのダンボール箱達を片づけられずにいた。
あのダンボール箱達があると、
母の最期の言葉をずっと心の中で聞く事が出来る気がしたから。
片付けてしまうとそれが聞こえなくなってしまう気がしたから。
でも、そろそろ前に進まなきゃだよね。
お母さん、私、片すよ。あのダンボール箱達。
お母さん、私、彼氏ができたんだよ。
だからお母さん、あのダンボール箱達を片付けるよ。
FIN
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