ダンボールの向こうは小悪魔の領域(テリトリー)■アースダンボールメルマガVOL182■2024年5月号
元カノとか元カレとか、
そうハッキリ言い切れる関係って羨ましい。
ハッキリしないって超面倒だ。
あれはカノだったのか実はハッキリ分からない。
一体何だったのかさえ分からない、
でもずっと心の中に居る…
それが一番面倒なんだよ。
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俺は草野優馬(くさのゆうま)32歳。
生まれ故郷で、自分も卒業した小学校で先生をしている。
そして今日は授業参観日。
俺は今、緊張とドキドキが同居している。
緊張の理由はシンプルだ。
今日の授業参観に来る父兄に同級生が居る。しかも5人も!!
同級生達に俺の仕事をまじまじと見られるのだから緊張もするさ。
そしてドキドキの原因は…
その中の1人、五十嵐美鈴(いがらしみすず)が来るからだ。
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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俺を含む男子3人女子3人の6人グループは、
小学校三年生で同じクラスになって以来の
いわゆる子供同士の仲良しグループがきっかけで始まったグループだ。
男女混合のグループが思春期になっても続くのは珍しいかもしれないが、
そんな意識はこれっぽちも無く不思議と俺達は気が合ったし、
進級してクラスが分かれても、よくグループで集まっては遊んでいた。
更に不思議だったのはグループ内での恋愛が一切無かった事だ。
これだけ一緒に居れば色々有るのがむしろ普通だ。
けど全員がグループ外の人間と恋愛し、結婚もした。
更にどんな偶然の一致なのか神様のイタズラなのか、
俺を除く5人の子供が同じ年に生まれ、
今は全員地元に住んで、子供達5人もこの小学校に入学し、
遂に今年、全員のクラスまで同じになった。
だから今日の授業参観は俺達のクラス会みたいなものだ。
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6人の中で五十嵐美鈴だけが結婚と同時に一旦この街を離れたが、
今年、旦那さんの仕事の都合でこの街に戻って来た。
息子さんの転入手続きの時には旦那さんが付き添いだったから、
俺と美鈴が会うのは美鈴の結婚式依頼、久しぶりだ。
もう白状すべきだろう。
お察しの通り、俺は美鈴が好きだった。
美鈴の方は、わからない。
実は俺の事が好きだった、という噂は聞いた事がある。まあ噂だ。
でも俺の気持ちは結局、本人はおろか仲間にさえ話していない。
バレていたとは思うけど。
ただ、美鈴が未だに俺をこんなにドキドキさせるのは、
間違えなくあの出来事のせいだ…
あれは、俺達が中学2年の秋の事だった。
生徒と父兄と先生での三者面談があって、
俺と美鈴はその待合室の設営係だった。
設営と言っても空き教室にイスを十数個並べるだけの簡単な仕事だ。
ただその頃はコロナ禍の真っ最中で、
イスとイスの間をダンボールで区切る仕事も含まれていた。
そして三者面談も終わり、美鈴と二人で片付けに空き教室へ行った時だった。
美鈴がふと、
「ふうう~、なんか疲れちゃったね、ちょっと休もうよ」
と言って並ぶイスの一つに腰掛けた。
「だな、ちょっと休憩してからにすっか」
俺はそう言って美鈴の隣のイスに腰掛けた。
2人の間はダンボール板で仕切られていて、
黙ってただ座っていると、なんだか不思議な気分になった。
季節は秋。夕方、少し薄暗い教室に差し込むオレンジの西日、
少し開いた窓から優しく吹き込む風がカーテンを揺らし、
運動部の掛け声と合唱部の伴奏のピアノと歌声が、
遠くから微かに聞こえてくる。
そして好きな子と二人きり。
結構いい雰囲気だったと思う。
告白するなら今か…そんな考えが俺の頭をよぎった。
一旦落ち着いて正面のガラス窓に目をやると、
俺達の姿がおぼろげに映っていた。
美鈴は姿勢よく、背筋を伸ばして女の子らしく腰掛けていた。
ダンボール1枚隔てた向こうに美鈴が居る…
俺はふと、美鈴との間にあるダンボール板に指で触れた。
するとそのダンボールが意外と丈夫に設置されていた事に気づいた。
美鈴の仕事だ。
「なあ美鈴、この仕切り版、結構丈夫に設置したんだな」
「当然よ、こういう所に手は抜かないわ」
「そっか、さすが美鈴」
俺はそう言ってほっぺたが軽く仕切り板に触れるくらいに、
首をもたげて美鈴との間にある仕切り板に寄り掛かった。
そしてもう一度、ガラスに映った自分達に目をやった。
(うわハッず…何やってんだ俺…)
そう思いながらも、
この教室の雰囲気ならこのくらいは許されるんじゃないか、
そんな気持もあった。
すると、ガラスに映った美鈴が少し動いた。
つま先や膝は正面を向いたまま、腰だけ回し、
俺との間にあるダンボール板に上半身を向けた。
そしてゆっくり顔を近づけ…
そのまま板に唇を触れさせた…ように見えた。
(え!?なに!?美鈴、今なにした!?)
俺の心拍数はほんの数秒で190(たぶん)くらいに急上昇し、
体中にアドレナリンが走りまくる感覚に襲われた。
「お、おい、美鈴、今、何を…」
「何って?」
「何って、だから今、その、なんか、した?」
「別に、なにも」
美鈴は素のようにも、はぐらかしたようにも見えたが、
そのポーカーフェイスは引くくらい完璧すぎた。
結局その後、俺の頭は真っ白のまま、一言も発する事が出来なかった。
「さて、片付けますか」
という美鈴の言葉で我に返った。
ふとダンボールを見ると俺の顔の皮脂か汗か、跡がついていた。
「そっか」と思った俺は美鈴側の面を見ようとしたが、
美鈴はその面をさりげなく、でもそそくさと、
俺に見えないように見えないようにぎこちなく移動させ、
そしてさっさと折ってしまい、いや隠してしまい?
結局、見る事は出来なかった。
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その後ずっと、俺の頭の中はその時の事でいっぱいだった。
あれは、キッ…!?
そのワードが頭の中でぐるぐると渦巻いていた。
あれは、そうなのか…?
それって好きな人にするもんだよな…?
じゃあ美鈴が俺の事を好きって噂は本当…?
ああそっか、意味なくダンボールの匂いを嗅いでみただけか?
わからなくもない、けど、いや角度的に口だったような…。
っつうかあれか、やっぱり俺の思い込み過ぎか、うん。
…でもなあ~、じゃあ、あの動作は何だったんだ…?
口を、顔を、寄せてみただけ…?
恋愛経験ゼロ&思春期真っただ中の中二男子には、
整理しきれるはずもなかった。
そんなショッキングな出来事のせいか、
俺は益々気持ちを美鈴に伝える事が出来ずに悶々と過ごしたが、
美鈴の方はと言うと、塾が一緒だとかの別の中学校の男子に告白されて、
ほどなくしてその男子と付き合う事になった。
あっけない、美鈴への恋の幕切れだった。
その少し後に風のうわさで聞いた話だが、
美鈴には好きな男子が居て、それとは別の男子に告白されていて、
すごくすごく悩んで、告白してくれた男子を選んだ、と。
そしてその後も俺達6人グループの付き合いは続き、今に至る。
俺もそれなりに成長して経験を積み、少しだけわかった事がある。
あの時の美鈴の行動を解明できた訳ではないけど、
女の子は、いや、女性はみんな、
時に、想定外の事を突然したりする、事がある。
つまらない先入観なんて全て一気に吹き飛ぶような、
度肝を抜かれるような思い切った事を、したりする。
それは時に純粋で、時に情熱的で、時に残酷で、
全ての理屈を超越するような大きなエネルギーに満ちた、
男には到底理解できない、想像すら及ばない何かを、
女性は誰もが持っている。
あの時、美鈴は何かを俺に伝えようとしていたのかもしれないし、
ただ自分の感情に素直に身を任せてみただけなのかもしれない。
今となってはそれを知る事はできないし知る必要もない。
でももしあの時、俺があんなヘタレじゃなくて、
ありのままの美鈴をただ受け止める事ができていたら…
そんな風に考える事が、今もたまにある。
でも時間は戻らない。そんな事はわかってる。
でも、でもな美鈴、
どうしてもあの日の事を思い出すと俺は、
今もこんなにドキドキしてしちまうんだよ。
なあ美鈴、
お前はどんな気持ちで俺の授業を見るんだろうな。
今日の授業参観はダンボールを使った工作なんだぜ。
FIN
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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【編集後記】
今号では主人公が男性だったので、
男性から見た女性、の一端が表現されていますが、
もしあなたが女性なら、
「いやいや男性もわかんないとこだらけよ」
なんて思っている方もいらっしゃるかもしれませんね。
それはさておき、
ダンボールはとても一般的なアイテムなので、
皆さんの恋愛の思い出の中には、
ダンボールも一緒に刻まれている場合もあるかもしれませんね。
今日私達が作っているダンボールは、
明日、皆さんの中の誰かの恋愛を、
見届けるダンボールなのかもしれません。
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
ライティング兼編集長:メリーゴーランド