命のチキン南蛮定食■アースダンボールメルマガVOL194■2024年11月号
ある都市伝説の病室がある。
なんでもその病室に入院すると、
驚異的なスピードで回復して退院できるという。
にわかには信じがたい話だけど、
何のご縁か私はその病室に入院する事になった。
そしてその都市伝説の発生源を知る事になる…
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私は三条詩(さんじょううた)29歳のOL、独身。
突然の不運な怪我で2ヶ月ほど入院する事になった。
その病室ってのが例の都市伝説の病室、206号室。
入院やその後の生活への不安も大きかったけど、
さてさてこの病室の都市伝説って一体何なのかしら…?
そんな奇妙な心持ちで私の入院生活は始まった。
暇だ…それにしても暇だわ…
体調はそこそこ普通で頭もハッキリしている私にとって、
入院生活の一番の辛さはこの"暇さ加減" だった。
本を読んだりテレビを見たりお見舞いに来てくれた人と談笑したり、
それでもいやっぱり暇を持て余し過ぎていた。
そんなある日、やっぱり退屈で窓から外をぼーっと眺めると、
病院のすぐ隣にある小さな定食屋の賑わいが聞こえてきた。
そういえばこの定食屋さん、いつも混んでるわよね。
営業時間の昼11時前から列ができ始め、
ランチ時は常にお客さんが途切れない人気の定食屋さん。
ウエイトレスや厨房の人達の元気な声もよく聞こえてきた。
昔ながらの、ウエイトレスが注文を厨房に声で伝える方式だ。
「チキン南蛮定食一丁!!」「はい毎度~!!」」
そんなある日、私はある事に気が付いた。
「チキン南蛮定食一丁!」「お次はチキン南蛮定食三丁!!」
チキン南蛮定食、すごい人気だな。
私は暇に任せてチキン南蛮定食の注文数をカウントしてみた。
結果は全注文の8割以上。
聞いた話だと、メニューだって20種以上はある。
すごい!!そんなに美味しいの!?
入院の憂鬱はどこへやら、私はすっかり興奮していた。
それどころかその日以来、私の頭の中はチキン南蛮定食に侵略された。
"う~、あの定食屋さんのチキン南蛮定食どんだけ美味しいんだろう!?"
不思議な事もあるもんで、
定食屋さんから「チキン南蛮定食!!」の声を聞いていると、
どこからか力とやる気が満ちてくる感じがして、
"退院したら真っ先にあの定食屋さんでチキン南蛮だ!早く退院したい!"
そう思うようになった。
そして今日も今日とて浮かれ気分で定食屋さんからの声に耳を傾けていると、
もう一つの不思議な音に気が付いた。
厨房の、多分マスターの「はい毎度~!!」の声の後に必ず、
"ボンボン♪" と何かを叩くような音がするのだ。
私はその音に注意しながら耳を傾けた。
やっぱりそうだ。「はい毎度~!!」の後に必ず"ボンボン♪"が鳴る。
何かを叩く音?でもなんかいい感じ、心がノッてる感じだわ。
私はチキン南蛮と同じくらいこの音が気になった。
"絶対あの定食屋さん行く!チキン南蛮食べて音の正体を確かめる!!"
私の心はすっかり定食屋さんに奪われ、むしろそれがエネルギーになった。
リハビリにも力が入り、怪我は驚異的なスピードで回復し、担当医も驚いていた。
そして2週間前倒しでめでたく退院の許可を貰った。
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退院手続き後、先生や看護婦さん達にへのお礼も早々に、
私は真っ先に定食屋さんに向かった。
だってこの時をずっと夢見て、じっと待って耐えてきたんだから!!
扉を開けるとウェイトレスさんが聞き慣れた元気な声で迎えてくれた。
なぜだろう、初対面なのに初対面の気がしない。
当然よ、だって私はもう何度も妄想イメトレ積んで来たんだから。
「あの、チキ、チキン南蛮定食を」だけどちょっと緊張した。
「チキン南蛮定食一丁!!」「はい毎度~!!」ボンボン♪
やった!聞こえた!生で聞こえた!
病室も生は生だけど店の中だと臨場感が違う!!
そして運ばれたチキン南蛮定食の最初の一口を…
"ああ、これがあの夢にまで見た…美味い!美味すぎるわ!"
するとウェイトレスさんが急に「大丈夫ですか?」と私に声をかけた。
「え?大丈夫って、なにがですか?」
「だってお客さん、泣いてるから」
「泣いてる?私が? あ、ほんとだ…私ったら何で…」
私は感激のあまり涙をこぼしていた。
「あの、た、退院できたのが嬉しくって!」
「そうでしたか、退院おめでとうございます」
「ありがとうございます。それからこのチキン南蛮定食をずっと食べてみたくて」
「お客さん、もしかして206号室でした?」
「え!?なんでわかるんですか!?」
「ふふふ、やっぱりそうだったんですね」
ランチ時間帯後の少し空いた店内。
ウェイトレスさんが私に話を聞かせてくれた。
この店のチキン南蛮定食は今から5年ほど前に、
この店のマスターでウエイトレスさんのお父さんが、
客足が不振続きで店を閉める話が出始めた頃、
何とか状況を打開しようと苦心に苦心の末に完成させたメニューで、
まさに背水の陣の覚悟で臨んだメニューだった。
そしてメニューに加えた初日、最初のチキン南蛮定食の注文が入った時、
マスターや店員の皆が感激したと。その時マスターは嬉しさのあまり、
たまたま側にあったダンボール箱を勢いで "ボンボン♪" と軽く叩いた。
その時の叩き心地が良かったのか、音の響きが良かったのか、
店の皆が「今でもあの音は耳に残ってる」と言う程のいい音だったらしい。
それ以来マスターはチキン南蛮定食の注文の度に叩くのがルーティンになり、
その後、せっかくだからと全ての注文時に叩くようになった。
いわば景気づけの太鼓のようなものだった。
そしてチキン南蛮定食は店の大人気メニューになり店も繁盛し、
"ボンボン♪" も店員とお客様の喜びの音色に進化していった。
「どうりでこの音色は心をウキウキさせる響きなわけだ」
「でもね、この音色にはもう一つ秘密があるんですよ」
「秘密…?」
今から2年ほど前に、ある入院患者が退院後に店に来て、
チキン南蛮定食を食べながらこう言ったそうです。
「ここのチキン南蛮定食が食べたくて食べたくて。
"絶対に退院したら真っ先にここでチキン南蛮定食だ!"
って気合入れて入院生活してたんですよ!」
それどっかで聞いた、ってか私と同じだ。
それからその人は続けてこう言ったそうです。
「それから、あの "ボンボン♪" って音…
あの音を聞くとなにか更に元気が出てくる気がして」
私はストンと腑に落ちた。
そりゃそうだ、だってあの音色は喜びと幸せと感謝が込められた音色だもの。
「それを聞いたマスターがそれ以来 "ボンボン♪" に、
"入院患者さん早く良くなれ!" っていうスパイスを加えたんです。
因みに206号室は特によく聞こえるみたいで」。
都市伝説か、なるほど…
このチキン南蛮定食の味、ダンボールを軽く叩く音色、
店の人達のお客さんの笑顔、そっか、そうだったのか。
以来、私がこの店の常連になった事は言うまでもありません。
そしてこの店に来る度にいつもこう思うんです。
"入院患者さん早く良くなって!"
FIN
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あ と が き
入院って、大抵の場合は辛いものですよね。
それでも入院してみて改めて気付く事もありますよね。
医療スタッフの方々は勿論、他にも沢山の方々の
仕事や頑張りや、思いやりや優しさや、
それらがあってこそ成り立っていると気付く人も多いでしょう。
そんな中でダンボールの関りは間接的でしかありませんが、
もし直接関わる事が出来たならそれはどんな事だろうと、
想像しながら今号を執筆致しました。
もしかしたら病床で今号を読まれている方もいらっしゃるかもしれません。
そんな方の為にダンボールができる事は何も無いか、
あっても極わずかだとは思いますが、
そんな方々の元気の為に今号が少しでもお役に立てたのなら、
ダンボール屋としてとても幸せです。
そして早くお元気になりますように。
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
ライティング兼編集長:メリーゴーランド