犬のハチ公 ~脱走物語~■アースダンボールメルマガVOL190■2024年9月号
「なんでうちの犬がSNSに出てるの!?」
妹が大声で叫んだ。
「お姉ちゃん見て!これ、ハチだよね!」
妹が見せてきたスマホ画面のとある投稿の写真は、
確かに我が家の大型犬 "ハチ" だった。
つい今しがたハチが脱走して探していた矢先、
"西小学校付近で大型犬を目撃" という投稿が飛び込んで来た。
私と妹はすぐに西小に向かったがハチはもう居なかった。
すると今度は "北小付近で大型犬を目撃" の投稿があった。
「ハチ、一体何やってんのよ…」
その時はまだ、私達はハチの想いを知らなかった。
(´o`)п(´o`*)п(´o`*)п
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ハチは10年前にお祖父ちゃんが拾ってきた雑種犬で、
その時はまだ小さな子犬だったハチは驚くほどの大型犬に成長した。
"ハチ" という名前はリチャードギアのファンだったお祖父ちゃんが、
ハリウッド版ハチ公物語「HACHI」から名付けた。
勿論、ハチを一番かわいがっていたのはお祖父ちゃんで、
ハチが一番好きな人もお祖父ちゃんだった。
でも、そのお祖父ちゃんが先日、病気で他界した。
有名な画家としての人生を送ったお祖父ちゃんの葬儀には、
沢山の方が弔問に来てくれた。
自分を一番かわいがってくれ、そして一番好きだったお祖父ちゃんが亡くなって、
毎日ずっと寂しそうにしていたハチが今日突然、脱走を図った。
ハチは賢くて忠実な犬で、脱走なんて初めてだった。
そして遂には地元警察からのSNS投稿も回ってきた。
"西小、北小付近で大型犬目撃情報あり。
見かけた方は近づかず刺激せず速やかに警察署までご連絡を"
本当にどうしちゃったのよ、ハチ…
とにかくすぐに捕まえなきゃ。
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すると今度は北中学校での目撃情報があがった。
「お姉ちゃん、今度は北中だって!!」
「わかった、すぐに行こう!」
妹と私は急いで北中に向かったが、やはりハチの姿は見当たらなかった。
「まったくホントにもう!ハチってば!」
「ねえお姉ちゃん、ちょっと待って、これって…」
「なに?別の目撃情報?」
「そうじゃなくて、最初が西小、次が北小、次が北中」
「学校ばっかりね、、、あ!?もしかして!」
「そう!これ、お母さんの跡を追ってるんじゃない!?」
「これ、お母さんが回ってるコースか!」
お祖父ちゃんは生前、市の小学校と中学校に作品を寄贈する約束をしていた。
市内には小学校が4校(東、西、南、北小)、中学校2校(北、南)の全6校あり、
絵は既に完成していてお祖父ちゃんが直接各学校へ寄贈しに行く予定だった。
そして今日、お祖父ちゃんの代わりにお母さんが各学校へ寄贈しに行ったのだ。
ハチが脱走したのはお母さんが車で出発して少し経った頃だった。
「このコースから推測すると、西小から時計回り…」
「西小→北小→北中、多分次は東小、最後に南小か南中のどっちかだ」
「お姉ちゃんどうする?後を追う?先回りする?」
「南小に先回りしよう!」
「わかった、お母さんにも連絡しよう!」
「お母さん、もう東小まで終わって南小に着くって」
「じゃあお母さんにも南小で止まっててもらおう!」
私と妹が急いで南小へ向かうと校門前で母が待っていた。
「お母さん、ハチは!?」
「ううん、まだ見てないけど」
「そっか…」
「もし私を追ってるならここで待ってみましょうか」
しかし30分ほど待ってもハチは現れなかった。
すると最新の目撃情報がSNSに投稿された。
「お母さん、お姉ちゃん、ハチ、まだ東小に居るみたい!!」
私達は母が回ったコースの一つ前の東小へ向かった。
東小に到着すると校門付近にハチがちょこんとお座りしていた。
「ハチ居るよ!良かった!ハチ~!」
ハチは私達の呼び声に気づいてすぐに駆け寄ってきた。
「何やってたのよハチ~心配したんだからね~」
「さあ、帰ろう」
そう言ってハチを促したが、ハチは動こうとしなかった。
軽くお尻も押してみたが、ハチは校舎の方をじっと見て動かなかった。
「ハチ、ここに何かあるの?」
ハチは更に目力を増して校舎をじっと見つめていた。
ハチは本当に頭がいい賢い子だ。無駄にこんな事はしない。
何かあるに違えない、でも一体何が…
すると妹がぶつぶつと何か言いだした。
「お祖父ちゃん亡くなる、絵を配る、ブツブツ…
配る車の跡を追う、東小で止まる、ブツブツ…東小だけの何か…」
ハチは変わらずじっと校舎を見つめ続けている。
「校舎…、ねえお母さん、東小に寄贈したのって他と同じ?」
「東小に…?絵は絵だけど。他の学校へは大きな絵が1枚づつで、
東小へは他の学校のより小さめの絵で、枚数も3枚」
「東小だけサイズと数が違うか。わからないけど何かありそう」
母が "今しがた寄贈した絵をもう一度見せて欲しい" と東小に電話を入れると、
校長先生が絵と絵を仕舞っていたダンボール箱を持って校門まで来てくれた。
その時だった!!
「ワン!ワン!ワン!!」
とハチが吠えて尻尾をブンブン振って校長先生に駆け寄った。
「こら、ハチ!待ちなさい!!」
その声も届かず、ハチは校長先生にダイブした。
「おお~、ハッちゃんじゃないか、なんでここに?」
「校長先生、ごめんなさい。ハチをご存じなんですか?」
「画伯先生がようハッちゃんを散歩させとったし、よう立ち話もしたしで」
「そうだったんですか」
「ハッちゃん、これに用があるみたいやねえ」
校長先生が箱の中の絵を取り出してハチに見せた。
しかしハチは絵ではなくダンボール箱の方をくんくんスリスリと、
とても興奮した様子で繰り返していた。
まるで「これだ!!」と確信でもしたかのようだった。
「お母さん、このダンボール箱なあに?」
「何って、お祖父ちゃんの部屋の押し入れにあっただけの箱だけど。
中身空っぽだったし丁度いいから絵を入れて持ってきちゃったのよ」
「何故かわからないけどハチの目的はこの箱ね」
私達はダンボール箱だけを返して頂いた。
「ハチ、これは持って帰ろうね」
と言うとハチは "ほっ" と安心した様子で大人しく帰路についた。
そしてダンボール箱は再び押し入れに仕舞われた。
以来、ハチが脱走することは無かった。
________
それから数日後、ハチにとってあの箱は何なのかが、
お祖父ちゃんのアルバムを整理している時にわかった。
「お姉ちゃん、お母さん、ちょっとこの写真見て!」
「お祖父ちゃんがハチを拾ってきた日の写真だね。
ハチちっちゃい~かわいい~」
「そうなんだけどさ、ハチが入ってるダンボール箱、見て」
「んん~?あ!角にあるマークみたいのがあの箱と同じだ!」
「そう、このダンボール箱だよ」
妹はそう言って押し入れからあのダンボール箱を出してきた。
「ハチ、確かダンボール箱に入れられて捨てられてたんだよね」」
「お祖父ちゃん、その箱に入れたまま連れて来たんだね」
「そっか、この箱に、そっか…」
「そりゃあハチには大事な箱なわけだ」
「お祖父ちゃんも捨てようとしてハチに止められたのかも」
「かもね、だから押し入れに大事にしまってあったのかも」
するとダンボール箱に気づいたハチがのそのそと寄ってきて、
箱の匂いをクンクンと嗅いだ後、隣にストンと腰を下ろした。
「このダンボールに入るくらいちっちゃかった子犬のハチが、
まさかこんなに大きくなるとはお祖父ちゃんも思わなかったろうね」
「私達だって誰も想像できなかったよ」
"ワンワン" とハチは誇らしげに吠えた。
少しづつ、ハチの元気が戻ってきた気がした。
FIN
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あ と が き
SNSの猫アカウントや犬アカウントさんの
「うちの子が気に入って捨てられないダンボールが溜まってく」
なんて投稿をよく見かけますよね。
確かにダンボール箱はかさばりがちで大変です。
折り畳まず箱のままにしておくと尚更です。
でもちょっと待って下さい。
よくよく考えると貴方にもありませんか?
捨てられないダンボール。
箱の中身を移し替えたいけどダンボール箱まで捨てられない。
不便な事と考えがちですが、こう考える事ができませんか?
捨てられない物があるという事は誰かと繋がっているという事。
それってすごく幸せな事、なのかもしれません。
今号も最後までお読み下さりありがとうございました。
m(__;)m
ライティング兼編集長:メリーゴーランド